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雛人形

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雛人形の選び方

飾るスペースと収納するスペース

 購入の前に、ご自宅の飾る予定の場所の寸法を調べておいて下さい。雛人形にはさまざまな大きさがあります。高さ、間口、奥行などを調べておくとイメージしやすいでしょう。

 また店頭でご覧になっている際は家での収納のことを忘れがちです。収納にもそれなりのスペースを必要としますので、その点も重ねてご確認をお願いいたします。

お店で説明を聞く

 数店舗かお店を回り、説明を聞きましょう。プロの情報はとても重要です。お店によって扱ってる商品も違いますし、そのお店にも特色があります。アフターサービスもしっかりと聞いておきましょう。期間限定ではなく常設のお店を選んだ方がアフターサービスの面でも安心です。

 チラシやカタログ、あるいはインターネットでは、雛人形セット全体の雰囲気や価格は分かります が、やはりお顔の表情や衣裳の仕立てなども価格の違いに現れます。その情報はお店にいって確認することをおすすめいたします。気に入った雛人形があればその雛人形に関しての質問をしてもいいかもしれません。

決定

 収納用品などのサービス品、割引率など雛人形本体以外の事柄に惑わされずに決定しましょう。当店ではほとんどの雛人形セットで、屏風や台などの道具類を変更できます。主役は雛人形本体ですのでこちらを中心に好みの雛人形を選んでください。

 一般的に雛人形はオープン価格です。お店の割引率は当てになりません。カタログに印刷されている表示も大半は大幅な値引きを前提に価格設定してあるようです。人形を求めるのですから雛人形本体の値打ちを基準に購入するとよいでしょう。

お雛様 段飾りの種類

七段飾り

雛人形七段飾り

 人形は十五人(殿・姫・三人官女・五人林・随身・仕丁)で、お道具も全部揃っています。段もスチール段や重厚感のある木製段などがあります。

 長所:十五人揃いで、お道具もすべて揃っているので大変豪華に見えます。

平安時代の雅やかさが一番表現された飾りでしょう。それぞれの人形の持つ意味や官中の婚礼道具の美しさなど、平安雅の世界をお子さまと共にお楽しみいただけます。眺める喜びや飾る楽しさを存分に味わえます。

 短所:フルセットですので、飾る場所と収納する場所が必要です。飾るのが面倒な方にはあまりおすすめできません。始めのうちは、一人では大変ですがなれてくれば問題ありません。

三段飾り

雛人形三段飾り

 三段飾りは殿・姫・三人官女の五人とお道具がメインです。段は木製が一般的ですが、毛せんと金屏風でシンプルに飾った方が若干お安くなり、雛人形本体のグレードは高いものが選べます。

 長所:人形は親王と官女だけで、お道具も多くなく飾り付けがしやすいです。

木製の段が多く、非常に重厚感があり人形の見栄えもかなり良くなります。お値段もそれほど高くありません。緋毛せんタイプは段がスチールもしくは桐素材で仕上がっています。

 短所:収納箱が大きいのでスペースが必要。

平飾り

 雛人形のメインとなる親王とお道具だけのスタイルです。一般的には木製の台が多いのですが、ウールの緋毛せんだけでも高級感があります。

長所:飾り付けや収納が簡単で、それほど大きくもなく収納場所を確保しやすい。

親王以外の人間を購入することもなく、ある程度の予算でも比較的作りのしっかりとした高級な親王様を選ぶことができます。飾り台の代わりに緋毛せんをひいてお飾りになれば、台座の浮いたコスト分を人形に充てることができるのでさらにご満足いく親王様が求められます。

 短所:雛祭りの歌にでてくる三人官女や五人囃子などの人形がいないため、雛人形独自の華やかしさがなく、ちょっと寂しいお雛様かもれません。

雛人形本体のポイント

 雛人形は、仲むつまじく寄りそう愛を一対の小さな雛に託して、娘にも将来このような幸せが訪れますように願いながらお飾りするものです。娘の幸せを願って飾るお雛様、表情が明るいものを選びたいですね。人形は顔が命とよくいわれるように、雛人形選びでは衣装やお道具よりも大切なポイントとなります。まずは、口元を隠すとわかる目元の微笑みです。一流の人形作家が一つ一つ丁寧に手彫りをして描かれたお顔は、型抜きのみの機械製作品と比べれば、全く表情が違います。正面からのお顔だけではなく、斜め45度や上下からもみてあげてください。
 きりっとした美人顔であったり、気品のある優しいお顔など、様々なタイプの表情があります。画像ではなかなかご覧いただけませんので、ぜひ、直にご来店してご覧下さい。

 次は、雛人形全体のバランスです。姿勢が良く端正な型であるかがポイントになります。正面からみて「正三角形」で、背筋がまっすぐ伸びているほうが安定感があり自然といえます。胸元・袖・すその重ねなどが多いと均一感がなく、特に袖口が開きすぎなものはだらしない印象になってしまいます。おひな様は「平安雅の世界」を再現したものですから、当時の貴族の服飾や調度品などに用いられた伝統的な有職文様など古典的な柄がおすすめです。素材感を楽しみたいのなら「正絹」が一番です。正絹の中にもパーセンテージがあり、それによっても値段が左右されます。

 最後はお道具類です。お道具はお雛様の大切な脇役となります。
 お道具は、雛人形をさらに美しく豪華に見せてくれるためには欠かすことができないものです。屏風の絵柄や、お花ひとつひとつはすべて熟練した職人たちがコツコツと造り上げたものです。これらの道具類と人形が引き立ちよくマッチするかどうかを見極めることです。全体を豪華に見せたいなら木製の段ですが、赤毛せんなどは高級感もありお値段も安くすむので人形本体をより高級なものを選ぶことができおすすめです。台や屏風は、木地の仕上げの細かさや、塗りや蒔絵の技術、金具の細工などがポイントとなります。お道具類は木製でできたものが一般的にですが、プラスチック素材もありますのでよく見極めてください。

雛人形豆知識

雛人形のしまい方

 雛人形は大切なお子様の分身です。ずっときれいな状態でお雛様をお飾りいただくための手順をご紹介いたします。お雛様を片付ける前によく手を洗ってください。白い手袋をはめたほうがより安全です。奇麗な手で雛人形を扱うことが雛人形を大切にするためには重要です。

 しまう日は三月三日が過ぎたあとのよく晴れた天気の良い日を選びましょう。よく「早くしまわないとお嫁にいけなくなる」といわれますが、これは正式ないわれはありません。天候の良い日で早めに片付ければよいでしょう。

 では、雛人形本体を片付け始めます。まずは雛人形のお顔についたホコリを取り除きます。雛人形が持っているお道具を取り外し、なくさぬよう注意してしまってください。雛人形のお顔にホコリが付いていたら、毛羽たきや、そっと息で吹き飛ばしてあげてください。ガンコに付いて離れないホリコがありましたら、きれいなティッシュペーパーか脱脂綿、あるいは、毛先をほぐした筆、綿棒などを使って、そっと拭き取ってあげてください。ホコリを手でつまんで取ろうとすると、手の脂分などで、せっかくのきれいなお顔に、シミが付いたり、汚れが付着してしまいます。

 次はお顔に面紙をします。
 まず、ティッシュペーパーを、雛人形のお顔の長さに合わせて、細長く折り曲げます。それを軽く雛人形のお顔に巻きつけ、巻きつけたティッシュペーパーの端を、セロテープなどで止めます。

 毛ばたきでお衣装のホコリを取り除きます。
 毛ばたきの毛先のほうで、そっと雛人形の衣装に付いたホコリをはたいてください。もしも、姫や官女に髪の乱れがある場合は少量の「のり」に数滴水を加えて薄め、それを撫でるようにしてつけてお顔を整えます。シミは不可能ですが、ほんの少しのお顔の汚れならばきれいな消しゴムで軽くこすってみましょう。ただし取り返しがつかなくなることもありますので、これらの処置は慎重に進め決して無理をなさらないようにお願いいたします。自信が無い場合などは、お電話をしていただければ相談にお乗りいたします。

 次は型崩れさせないよう雛人形を紙などで包みます。  この際、強く包まないように注意してください。特にお姫様や官女の袖の部分はシワになりやすいので特に注意してください。

 防虫剤や防カビ剤は、包みの中には絶対に入れないでください。雛人形のお衣装に薬品が直接触れてしまうと、きれいなお衣装が色あせてしまう可能性があります。  雛人形を箱の中に納めるときは隙間にやわらかい紙などを程よく詰め、中の雛人形が動かないようにします。お使いになる紙は、新聞紙など活字のインクで雛人形が汚れてしまうようなものは避けてください。

 箱の中に収納する際に防虫剤を少しだけ入れます。箱の隅に、ひと包みだけ防虫剤を入れてください。雛人形専用のものがありますので、できるだけそちらを使用してください。この時に、多種類の防虫剤を混ぜないでください。特に防虫剤や防カビ剤や乾燥剤を一緒に入れてしまうと化学反応を起こして、雛人形のお顔が変色してしまう場合があります。

 箱への収納ですが、雛人形の種類により収納の仕方が多少違いますので、初めてお出しする際には順を追って写真を撮り、それを雛人形(飾り台やお道具なども)の箱の中に保存しておくと便利です。万が一収まりきれない場合は、当店にご相談ください。

 収納後は湿気の少ないところに保管してください。
 特に新築のマンションなど、湿気の多い建物では、押入れならば上の棚に置かれるか、あるいは、タンスの上などの方が湿気は少なくて済みます。
 また、かなに湿気がひどい場合には、乾燥剤を雛人形のお箱の中にお入れになるのもよいでしょう。ただし上記のとおり防虫剤などの混用は絶対におやめください。また直接、薬品が雛人形に触れないようにしてください。  その他、直射日光が当たる場所や急激な温度変化・エアコン・ストーブなどのそばもひかえてください。

 収納してから、秋口の良く晴れた日に虫干しして、乾いた空気と風に当ててやるとなお良いでしょう。ただし、このときも直射日光に当てることは避けて下さい。余裕が無い場合は、収納箱のフタを開けるだけでも違います。

ひな祭りの由来

 ひな祭りの源は、いろいろの神事・行事・信仰があって合流したものです。
 その中の一つとして、ひいなあそびがあります。
 「ひいな」を、本居宣長は、ちいさく造ってあるので鳥のひなにたとえて雛というと、言っておりますが、もともと京都が発祥地で「ひいな」は京都のなまりとする方が自然のようです。雛遊びが史書に登場した源氏物語や枕草子に「ひいなや「ひいなあそび」という言葉をみることができます。例えば、源氏物語では光源氏が正月元旦に宮中に参上した際に、紫の上の今で「ひいなあそび」に夢中になっている姫君の姿を目にするという記述があります。この「ひいな」というのは小さくて可愛いものを表す言葉で「ひいなあそび」というのは男女一体の「ひいな」に調度品を加えた人形遊びのことです。

 ひなあそびは本来貴族の大人を対象とした遊びにあり、これが子供たちの世界に広がっていきまいた。この雛遊びが雛祭に発展していったとみる根拠は、ひいなあそびのひいなが進化したものと見られることにあります。
 穢れを祓う「上巳の節句」と、この「ひいなあそび」がいつしか一つになり、三月三日が女児の幸多き日々を願う「ひな祭り」になっていきました。

 室町時代になると「ひいなあそび」が発展して人形を贈答しあう風習が生まれ、「上巳の節句」も人形を川に流すのではなく、飾りつけるようになりました。飾りつけ、三月三日が過ぎ翌日には寺、神社でお祓いをお願いし、雛収めを済ませ、また翌年には三月に取り出すという習慣が定着しました。
 これに「ひいな」が重なり、「立ち雛」の起源になっていきました。戦国時代を経て泰平の世が訪れると宮中や武家で行なわれていたひな祭りが、町家でもさかんになり全国各地へ広まっていきました。江戸時代の元禄年間に発刊された書にも次のように記されています。「ひいなあそびは、そのはじめさだかならず。源氏物語わかなの巻に、ひいなあそびさむらえば、いにしえよりあるや事にや。今は東のはてなき陸奥の末までも、衣冠ただしき内裏雛をまつり奉る」文化が爛熟していくにつれてひな祭りも豪華さを極めていきました。女児の初節句にひな祭りをするようになるのも、江戸の中期ごろからです。やがて、お嫁入りのときに雛人形を持参するという風習も生まれます。ちなみに、京都で作られたひな人形は特に「京雛」と呼ばれ優美華麗な名品として際立つ評価をうけています。

京都のひなまつりから江戸のひなまつりへ

 京都でうまれた雛遊はあくまでも貴族生活の一部で、京都の雛遊をもたらした一人に春日局(かすがのつぼね)があげられます。
 京都から江戸へ雛遊が移入され、民間でも三月三日に定期的に行なうようになったのは、大体寛永の末期ごろ(1640年)と言われております。

雛遊びから雛祭りへ

 雛遊びという呼び方から雛祭という呼び方に変わったのは号保(1796年)以前と言われています。江戸に移入してからもかなりの間、雛遊と呼ばれていた訳です。
 ちなみに京都と江戸では雛人形の飾り方が異なり、京都は御殿飾りの二段飾り(御殿内に雛一対を置き、その他に官女・左大臣・右大臣・桜橘を置きほか座敷に天児・這子・犬張子・市松人形・御所人形・お公家様の調度品を置く)、江戸では、五段飾り・七段飾り・九段飾りと最上段に内裏雛を置くという飾り方でした。明治以降になって、雛人形も全国的に同じ傾向になりました。

 内裏雛の位置は、向かって右側が尊い方(高位な方)とする見方に沿った飾り方というのが、昔の内裏様の飾り方で、向かって右が男雛、左が女雛です。
 現在は雛飾りは反対の並べ方を関東では見られるかと思います。
 昭和初年になってご真影(天皇さま、皇后さまのお写真)が向かって左に天皇様、右に皇后さまを掲げ、それにならって飾り方を東京雛人形卸商組合が向かって左に男雛、向かって右に女雛を飾るということにしました。

 江戸特有の風俗の中で、特に取り上げたいのが、雛売りと雛一です。
 雛売りは移動販売の便利さがあり、2月中旬から「乗り物ほかい雛の道具」と呼んで、葛籠を両掛にして、売りに来たものです。雛売りも寛政(1789年)の頃には姿をみるもなかったとされますので、雛市におされたものと思います。
 よく売られていた人形はおやま人形で、たけが4・5寸(約12cm)から、8・9寸(約24cm)までといいますからさほど大きくもなく、内裏雛、小人形、雛の道具などがみられます。五人囃子は天明(1781年)頃になって登場します。

 雛市は享保(1716年)に開市されたものらしいといわれ、十間店(じっけんだな)は後に十軒店となった。つまり、十間を限って出店が許され、場所は今の日本橋室町二丁目、三丁目にあり、雛人形の集散地でした。安永(1772年)頃には雛市は十軒店の他に尾張町(現在の中央区銀座一丁目)にも設置されています。
 寛永(1789年)頃からは、浅草茅町、池の端仲町、麹町、駒込などにも雛市が開かれています。

 雛人形の段飾りがおこったのは、江戸時代中ごろ、武家、町人の飾り方で、宮中や公家の間では、雛人形は男女一体の形でした。
 雛のかたちは、おおまかに立雛と座雛に分類されます。
 「立雛」は主として紙で作られたもので、一名「紙雛」とも呼ばれます。立雛はの方が歴史は古く、形から推察しても天児(あまかつ)・婢女(ほうこ)からきた男女一体の雛人形のように見えます。
 きわめてシンプルな形で、厚紙で胴体をなし、そこへと桐塑頭・木で作られた頭 を差し込み、面相を整え髪つけをしたものです。

 座雛は寛永(1624年)以後に作られたもので、抽象的な立雛に比べて、実写的な彩りにつつまれています。
 面白いのは、上巳の節句、雛遊と雛の対象が貴族、武家にとどまっていた頃は立雛で、それが武家から庶民の手に移って、庶民の創造から生まれたものが座雛であるということです。しかし、座雛がつくられてすぐに立雛が無くなった訳でなく享保(1716年)頃までは立雛と座雛が対等に飾られています。そして享保以後に座雛が多くなり、立雛は珍しくなりました。
 座雛が技術的に完成の城に達したと見られるのは次郎左衛門雛でしょう。
 廷享(1744年)につくられたもので、京都の岡田姓菱屋次郎左衛門の創案によります。次郎左衛門の特徴は、面長に描いた首を整った曲線でまとめ、顔は引目かぎ鼻の典雅な筆で全体に清新な味を表現しています。

 男雛は、黒袍に、くぼみに霞の紋が浮織になっている袴をつけています。
 女雛は、五衣(いつぎぬ)、唐衣(からぎぬ)に裳(もすそ)をはいています。
 雛人形の中でも佳作の部に属しているといわれ次郎左衛門雛の流行は圧倒的に江戸の人気を独占しました。
 しかし、宝暦九年(1759年)江戸が京雛の移入を禁止したため、京の菱屋(次郎左衛門)、かぎやの江戸進出となりました。
 しかし宝暦末に菱屋が江戸へ進出して以来、次郎左衛門雛は、名和、安永より天明を経て、寛政末年まで、およそ三十余年の間に、すっかり江戸化してしまったと見られます。
 次郎左衛門雛の衰退は、京雛に対抗する江戸人の義憤と見る向きもありますが、やはり江戸人の好みにあった江戸雛として、古今雛が登場かるに及んで、全く姿を消しました。

 古今雛は、明和(1764年)年末に原舟月の手によってつくられました。
 古今雛が従来の雛と違う点だけ取り上げますと、衣裳に金糸、色糸を使って、鳳凰や薬玉の縫紋を加工したり、袖に紅綸子(べにりんず)を用いて色彩を豊かにしたことと、二畳台を設けて雛を据えていること、頭が写生的に精巧を極めた点などがあります。
 なかでも画期的な技巧は、原舟月が山車の製作者だったことから、雛の両眼に玻璃玉(はりだま)を嵌め込んだことといわれます。
 それから以降の雛は多く古今雛の技法を取り入れてつくられています。

Last Update 08/01/24 Copyright 2004-2008 人形の竜月 All rights reserved.