|
||||||||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
飾り映えのする「鎧飾り」から、やや小型の「兜飾り」など、五月人形の形式やサイズは様々です。あらかじめ飾る場所、収納スペースを考えておき、寸法を測っておきましょう。
また、人形作家それぞれの特徴や人形・道具の組み合わせの違いにより値段が異なります。予算を決めておくと、その前後で販売員がうまく説明をしてくれるでしょう。
基本的に鎧兜、五月人形は全て手作り品です。大きさが違っても掛かっている手間は同じです。小さいから安い、大きいから高いというものではありません。材料費の原価の違いはありますが、衣料品などと違いほとんどの商品が国産品で鎧兜のおどし(糸の部分)や多くの工程で国内の職人の手作業で造られ、大きくても小さくても手間代は変わりません。
五月人形は大きさに関係なく、値段が安い物、高い物それぞれに理由があります。例えばおどし糸は正絹の方が発色も良く綺麗ですが、化繊よりも値段は高くなります。鎧兜の金の部分がメッキなら安く、金箔を貼っていれば(金箔押)高価になります。革処も本革や印伝革などを用いていれば高価になりますし不繊維やプリントの物は安価で代用できます。
大きさには惑わされず、なぜ安いのか、なぜ高いのか細部までよく観察し、お店のスタッフに質問してください。
五月人形の鎧兜は基本的に手作り品です。高価な鎧兜は竜頭が手彫りで金箔を貼ってあり兜が実物のように細かいパーツで組み立てられて、兜鉢の星鋲をひとつひとつ手作業で埋め込んであり、手間がとても掛かっています。
一方安価な鎧兜は竜頭や鉢金など大部分が型で抜いてメッキで仕上げてあります。安価の物ほど変色、退色、変型しやすく、高価な物ほど変色や変型しにくいです。飾り物だから、あまり造りにこだわらないからと思う方は安価な物で十分ですし、一生に一度のお祝いだから良い物をと思う方は本格的造りの五月人形をお奨め致します。
鉢金の造り、竜頭の造り、縅糸の素材、縅の丁寧さ、頭裏や吹返しなどの革処の材質などを実際に手に取り見比べて下さい。
屏風や飾台は鎧兜に合わせて選びます、一番基本的なのは金屏風です。金屏風にも色々種類があります。本金で無い物から本物の金沢箔を貼ってる物まで様々です。塗屏風も本物の漆を塗っている物とカシュー漆を塗っているものでは価格が全然違います、絵柄の部分も印刷の物や手描の蒔絵の物、印刷と手描蒔絵と両方入った物など大小様々な種類の中から鎧兜に合わせてお選び下さい。
飾台は鎧兜を選んで、屏風のサイズが決定したら必然と飾台のサイズも決まります。屏風とのバランスを考えてお選び下さい。
荘厳な鎧に高床台(あるいは、平台)と屏風、弓太刀などで構成される五月人形です。鎧は、櫃(ヒツ)の中に収まり、屏風はもちろん台も組み立て式が多く、見た目よりもかなりコンパクトに収納することが出来ます。鎧の型は見栄えがする大きな一般の型や本物志向的で品格のある奉納型鎧などがあります。一般型の鎧は価格も手ごろです。平飾り以外に、がかり火や三品(柏餅、丙子、ちまき)飾りなどが付く二段・三段飾りもあります。
大鎧には顔当てにあたる面頬というものがあり、怖いと感じる方もいらっしゃいます。
鎧飾りと構成は同じですが、本体が鎧ではなく兜のみのセットです。シンプルなので飾るスペースや収納スペースがあまりないという方におすすめの五月人形です。もちろん飾る手間も鎧よりも簡単です。ほとんどの兜も櫃とよばれる箱に収納できます。兜では面頬はついてきません。
着用鎧・着用兜
だいたい五才から七才児が着用できる鎧や兜です。 七五三のお祝いに着用し、記念写真を撮ることもできます。お節句が来る度に、お子様が着用した鎧を微笑ましく眺めることができるでしょう。大型ですので鎧の持つ迫力はすばらしいものですが、飾る場所や収納する場所に余裕のある方にお奨めいたします。また着用のためにできるだけ軽く作られていますから、他の鎧や兜とは質はまったく異なります。
大将飾り
お人形を中心とした飾りで、お雛様と同じような感覚でかざることができます。お人形は大将一人とその他弓太刀などの飾りがあります。
人形が一体なので比較的安価でよいものをお求めいただけます。お顔が手描きでかわいい印象になり、子供も怖がりません。兜や鎧と違い、人形は組み立て式ではないので簡単に飾り付けることが出来ます。胴体が木製のため、型崩れせずに長持ちします。兜や大鎧よりも温かみのある飾りとなりますが、一般的に五月人形というと兜飾りや大鎧飾りなので、違和感を覚える方もいらっしゃいます。
童人形・武者人形
童人形・武者人形は五月人形ではありますが、主に、兜や鎧などとは別に飾ります。父方の家や親戚が贈るということが多いでしょう。また様々な事情で次男・三男のために兜・鎧などが飾れない場合などもこの童人形・武者人形が用いられます。 武者人形には馬乗り武者や金太郎など御伽噺や歴史上の人物をモチーフに作られていることが多く、なじみがある五月人形です。
五月人形はお彼岸明けから四月の中旬、遅くても一週間前には飾って下さい。 五月人形は飾ることが重要な意味をもっているので、五月人形を購入する日や配達してもらう日は大安などにこだわる必要はありません。むしろ大変混雑する大安や日曜祭日を避けるほうがよいでしょう。ただし、毎年面倒くさがらず毎年時期には五月人形を飾り続けましょう。
お節句が過ぎたら、良く晴れて天気の良い日にしまいましょう。毛はたきなどで鎧・兜や道具に付いたホコリをよく落としてください。また台屏風の黒塗りの部分や鎧兜の金属部分は、指紋などが付いていないかも確認し、付いていた場合は柔らかい布で乾拭きしてから箱にしまいます。
五月人形に触れるさいは飾り付けのときと同じように、布製の手袋を用意してください。
五月人形をしまうときは、下の段又は手前のものからしまいましょう。奥のものに手を伸ばして、鎧兜やお道具を倒したりしないように丁寧に片付けます。鎧や兜の鍬形や竜頭をはずします。特に鍬形は傷つきやすいので注意しましょう。ちなみに鎧、兜の各房の結び目は、絶対にほどかないで下さい。結び型が特殊なものが多く、一般の方では直せなくなります。鎧では、兜部分の鍬形、竜頭、お面をはずし傷をつけないように紙に包みます。隙間には柔らかめの紙などを詰めると収納したさいに人形が動かずに済みます。ただし、詰め込みすぎも型崩れの原因になりますから、少し緩みがある程度にします。新聞紙や広告紙は、インクを使用しているので詰め物には使用しないほうが良いでしょう。
また、胴体部分は中の芯棒をはずすものやはずさないもの、又は胴体の中にお面や竜頭、臑(すね)などを入れるものなど、五月人形の種類により収納の仕方が多少違います。初めて飾り付けする際に写真を撮り、それを鎧ヒツの中に保存しておくと毎年迷わずにすみます。どうしても収まりきれない場合は、当店にお持ちください。
防虫剤が直接触れると、金具などが腐食や変形をきたしたり接着剤(種類にもよる)の効きが悪くなる場合があるので、五月人形や道具に触れないように注意して入れてください。箱に収納した五月人形は、湿気の少ないところ、例えば押入れの上段や天袋などの高い場所に保管します。また、直射日光の当たる場所も避けて下さい。秋口の良く晴れた日に虫干しして、乾いた空気と風に当ててやります。ただし、直射日光に当てることは避けて下さい。余裕が無い場合は、収納箱のフタを開けるだけでも違います。
端午の節句のお祝いは当日かあるいは、前の日の晩(宵節句)に行ないます。両家の両親や親族、ご友人たちを招きごちそうでお祝いをしてください。鯉や栗を使った料理やちまき・柏餅などを出すとよいでしょう。他には出世魚と呼ばれる育つにつれ名前が変わる魚でもよいでしょう。スズキ・ボラ・ブリなどが挙げられます。また、カツオも「勝男」にちなんでよく使われています。夜は菖蒲をお風呂の中に入れ、菖蒲湯にして入ったり、枕の下に敷くと身体に悪い気がつくのを防ぐといわれています。
お祝い品を頂いた方などをお祝い日にお招きしましょう。都合がある場合などは、お子様の名前で内祝いとして、縁起物である赤飯や柏餅などを送ります。手紙や赤ちゃんの写真を添えると喜ばれることでしょう。これらのお返しはできるだけ早いほうがよいでしょう。
中国の春秋戦国時代(今から約2300年前)の楚(そ)の国の国王の側近に、屈原という政治家がいました。彼は正義感と国を想う情が強く、当時の代表的詩人でもあり、国王や人々からの信望を集めていました。秦の策略を見抜き、国王に進言したが受け入れられず、それにより楚は大敗してしまい、屈原は楚の将来に絶望して入水自殺をしました。 br> そんな彼の命日が旧暦五月五日であり、毎年人々は屈原の供養としてちまきを川へ投げ入れるようになったのです。
日本ではもともと五月を悪月といい、菖蒲と蓬で屋根をしいた小屋を作り女性達が忌みごもりをする習慣があります。これは田植えが始まる前に身を清めて豊作を祈るためだったといわれます。
正式に現在の五月人形のモデルとなっている行事は、奈良時代から始まりましたが、端午を「月の端(はじめ)の午(うま)の日という解釈と、端(はじめ)の五月五--日という意味で初節句のみをさすという解釈があります。また、五と午の音が同じということも関係していたようです。
当時の日本では季節の変わり目である端午の日に病気や災いをさけるための行動がおこなわれていました。菖蒲飾りや薬草である蓮を皇族や臣下の人たちに配ったり、悪鬼退治という意味で馬から弓を射る行為など。
菖蒲に関しても由来は、中国の楚の時代の詩「楚辞」に菖蒲を門にかざるエピソードと日本の菖蒲・蓮の小屋の話から尚武と同じ音であるからと様々です。
平安時代あたりから子供たちは菖蒲で飾った紙兜とつけて遊ぶようになり元禄時代からは紙や木で作った菖蒲人形を庭先にたてるようになり、いつしか室内飾りとなったともいわれる。 br> これらが大元の由来であり、武家社会になるにつれて変化していきました。
五月人形というのはその武家社会から生まれた風習で、身の安全を願って神社にお参りし、鎧兜を奉納する儀礼に由来しています。よく、弓太刀などを含む五月人形は戦争に使った、人を殺すもので良くない。という方がいらっしゃいますが、平安時代から鎌倉時代にかけての鎧兜は戦争、いわゆる「いくさ」に使ったものではなく、武将の晴れ着でした。当時の大鎧は皮革工芸、組紐、染色、彫金など各分野の第一人者が手がけた優れた美術工芸品です。当然当時でも権力や財力のある武将にしか製作できませんでした。大鎧は晴れの儀式や祭典に着用するもので色彩も鮮やかで美しく、形も八面玲瓏非常に美しく見るものに感動を与えるように存在感のあるものです。兜や鎧は身にまとって身を守るものです。男の子の誕生を祝い、丈夫にたくましく育ち、災厄や病気にかからないように想いをこめるという意味で、現在でもお子様の初節句に用いられています。
Last Update 08/01/24 Copyright 2004-2008 人形の竜月 All rights reserved.
|